ロロノア家の人々

    “少しほど、秋の気配?”
 


少し先の里からやって来た行商のおじちゃんが、
大町からの“新物”持って来たよって、
反物や干した魚やカンピョウや、
色んな荷物をさと屋さんで広げててね。
そろそろ秋だねぇって言っててね。
まだこんな暑いのに?ってお兄ちゃんが訊いたら、
これから向かう東の里は少し丘を登る高いところだから、
秋も早めに来るんだって。
赤いトンボももう飛んでるし、コスモスも咲いてる、

 「それと、そこの名物のお蕎麦のお花もvv」

小さくて白い、ソバの花が野原一杯、
秋ですよって知らせるみたいに、いっぱいいっぱい咲くんだってと。
すべらかな頬に赤みを上らせ、
潤みの強い大きなお眸々をキラキラさせて語るお嬢ちゃん。
自分も聞いたばかりなお話、
もしかしてお父さんはまだ知らないのかもしれないからと。
里の町屋の真ん中、真っ直ぐな大路を大急ぎ、
小さな駆け足、パタパタパタと響かせて。
一所懸命に戻って来て、でも、玄関からは上がらずに。
サザンカの茂みを横目に
お家の居周り“犬走り”というところをぐるんと廻り。
あれほどいっぱい咲いてた、
アジサイやフヨウアオイの茂みもそろそろ枝ばかりになる、
矢来垣の前を駆け抜ければ。
お庭側のお茶の間の濡れ縁に腰掛けて、
お稽古の汗を道場の傍の井戸端で洗い落として来たらしい、
がっちりと雄々しい肩をした、皆の師範のお父さんが、
手拭いを絞って来たので、
おとがいや首回りを拭っているところとかち会って。

  ――お父さんお父さん、知ってた?

お父さんのお膝へ目がけて駆けて来たそのまま、
小さなお嬢さんが、ヒバリの雛みたいに一所懸命に説明するのを、
うんうん、そうかと、目許を和らげ、感心しきりと訊いてやり。

 「そうか、蕎麦の花がなぁ。」

コスモスや赤トンボが秋のものというのは知っていたし、
高原では ここいらよりも、秋や冬が来るのが早いと聞いてもいたが、

 「それが咲いたら秋だなんて話は、初めて聞いたなぁ。」
 「ほんとう?」

刀を振るう腕前のほどは勿論のこと、
難しいこと、何でも知ってる頼もしいお父さん。
そんな大好きなお父さんが知らなかったことを教えてあげられたなんて、
こんな凄いお手柄はないぞと、
そこは“お父さん大好きvv”なお嬢ちゃんでなくたって、
大人より物知りだったんだという事実へ、
うわぁっvvと喜んでしまうものであり。

 「みおは大人のお話をちゃんと聞いているんだな。」

聞き耳を立てているというお行儀の悪い意味からではなくてと、
そこまでいちいち浚わずとも、

 『そういう機転っていうか姑息さには、
  お互い様で縁がないものな、ゾロもみおも。』

純真無垢なところまでお揃いだからおっかない…と。
最後はどういう喩えなやら、
他愛ないとでも言いたそうな口調だったルフィなのへ。
それこそ苦笑混じりに、
困ったようなお顔になったゾロだったのは。
父御と娘御がその他愛ない会話をなした時刻から、
半日ほど過ぎた同じ場所。
まだまだ残暑は厳しいものの、
陽が落ちると少しは過ごしやすくもなっており。
軒の風鈴が 短冊をひらめかせ“ちりりん”と鳴る音も、
盛夏のそれとは、どこか響きようが異なるような気がする、
そんな黄昏の暮色の中、

 「おや、そんな難しい言い回しをよく知ってたな、ルフィ。」

貸本の雑誌におっかない姑がか弱い嫁さんをいじめる話があってよ、
意地の悪いお手伝いさんも味方していて、
いろんなところでボロを出さないかって見張ってて……って、

 「それはどーでもいいんだって。」
 「よくはないさ。そんな けしからん本は読まない方がいい。」
 「そうか?」

  先月の号で終わったけどな。
  そのお手伝いさんが夜更かしして火の始末してなくて火事になってサ。
  腰が抜けて逃げ遅れた姑さんを、お嫁さんが頑張って助け出してやって。
  しかもずっと内緒にされてたんだけど、
  嫁さんの実家ってのが外国の凄げぇ金持ちで、
  家から商売から助けてやるところで終わったぞ、と。

めでたしめでたしと言いながら、何でか合掌して見せた奥方だったのがまた、
妙に可愛くはあったが、
そっちもついでに…ルフィの側から置いとかれて。

 “……何でそこで合掌なんだろう。”

  置いときなさい、師範様。
(苦笑)

 「こないだは、
  銀杏の実が 実はもう結構な大きさで実り始めてるって話に、
  いたく感心してたよな。」

古くからある神社の境内。
まだまだ色づくには早い、青々とした葉の茂る銀杏が何本もあるのへと、
神主さんが話してくれたって、いの一番にゾロへ話に来たもんなと。

 「でも、あれは実は知ってたろ。」
 「いいや?」

知ってたろって何でそう思った?と、逆に訊いているような声音で返されたのへ、

 「だって、コウシロウせんせえが言ってたもん。」

ゾロは小さいころは結構なごんたくれだったんで、
悪戯や乱暴が過ぎるとシモツキの里で一番大きい銀杏によく吊るされたって。
最初はさすがにそこまでしなかったけれど、
全然反省しないもんだから、だんだんと吊るす場所が高くなっちゃって。

 「季節を問わない1年中だったって話だったから、
  全然怖がりもしない、反省もしないまま、
  暇つぶしに見上げた木に実がつく頃合いとかも、
  知ってたんじゃないかって。」

 「……そんな昔のことなんざ覚えてねぇよ。」

少々下唇を突き出すようにし、
やんちゃな悪たれのような不貞腐れたような顔をする。

 “ど〜こが、世界一の大剣豪なんだか、だよなvv”

みおちゃんや長男坊はもとより、
他の門弟さんへも出入りの方々にも、
何とツタさんにも まずは見せなかろう、やんちゃな素のお顔であり。
別に取り澄ましているとか、格好をつけておいでというのではないのだろうが。
はたまた、何びとが相手であれ隙を見せられないとの姿勢から、
頑なにも緊張感を解けない…なんていう、
頑迷で融通の利かぬ彼でもないのだろうが。

 “頑固もんには違いねえけど、それはないな。”

行儀悪いとこも結構あるもんな、
でもって、こういうのは子供らには見しちゃマズイよなって、
自分で笑ってたことがあったから、

 「もしかして…あれを覚えててのことなんかなぁ。」
 「?? 何がだ?」

楽しそうに笑いつつ、何でもねぇよとわざとらしくも内緒にしてしまえば、

 「???」

不審そうに眉を寄せ、やっぱり口許をひん曲げるところなぞ、
長男坊と見るからにお揃いの、腕白坊主そのものなお顔だったりし。


  ああそうだね、子供らには夏休みもそろそろ終わる。
  蚊帳からはみ出すほど元気な寝相で、
  陽が昇っての暑さから
  寝苦しくなって目を覚ましていたようだったのも
  そろそろ終わらせないとななんて。
  いかにも呑気な話を持ち出して、
  何かしら、もちょっと聞きほじりたそうなお顔の
  ご亭主をはぐらかし…たつもりの奥方へ。

  “……………ま、いっか。”

  蕎麦と訊いて、
  食いたい食いたい絶対今すぐ食いたいと、
  収まらないよな駄々をこねなくなっただけ成長だしなと。

  どこかの草むらから、かすかに響くはまだまだか細い虫の声。
  赤トンボやコスモスにはまだ遠いながら、
  アケボノの村にも少しだけ、
  稲を刈り入れる秋の気配は おいでのようでありました。





   〜Fine〜  11.08.31.


  *学生さんたちには案外と短かった、
   そしてお母様がたには気が遠くなるほど長かった
(苦笑)
   そんな夏休みも終わりますね。
   まだまだ残暑は厳しいそうですから、
   どうか引き続き 熱中症へのご用心を。

めーるふぉーむvv めるふぉ 置きましたvv

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